2004-01-02

近況

あけましておめでとうございます.

正月は家族でスキー, 安比高原 へ. 真冬だというのに草が見えていた. まるで春スキーだ, 母がそうこぼすのを聞く. 初日は普通の板でスキーをしたが, すぐ飽きてしまう. もう筋力アップなしに上達できる水準ではないから仕方ない. かわりにファンスキーを試してみる. ファンスキーは長さの短いスキー板のこと. いいかげんな感じがよい. 本当は翔んだり跳ねたりすると楽しい種類の板だが, そういうの抜きにも短く軽い分自由度が高くて楽しい. スキーには飽きた/筋力ダウンによって板が扱えなくなった が, スノーボードを覚える根性はないという人におすすめ.

以下読書記録. 9 月くらいから順不同で.

あなたの人生の物語

テッド・チャン / 朝倉久志他訳 / 早川文庫

同様に, 未来を知ることは自由意志を持つことと両立しない. 選択の自由を行使することをわたしに可能とするものは, 未来を知ることをわたしに不可能とするものでもある. 逆に, 未来を知っているいま, その未来に反する行動は, 自分の知っていることを他者に語ることも含めて, わたしはけっしてしないだろう. 未来を知るものは, そのこをと語らない. "三世の書" を読んだものは, そのことをけっして認めない.

短編集. 表題作の他, "ゼロで割る", "地獄とは神の不在なり" で見せる達観に震える. イーガンのようなバカ SF 的カタストロフィはないが, きめこまかく思慮深い.

りかさん

梨木香歩 / 新潮文庫

人間みたいににげらげら笑うわけではないのよ. でも, ほら, 長い冬が終って, いろんなものがいっせいに芽吹き始める野原のようにね, 時々なんとも言えないふくふくと暖かなものが人形から漂って来ることがあるの. 私はそれが人形が笑っているのだと思うのよ.

たぶん "からくりからくさ" へのエピローグ. 主人公の "ようこ" と心の通う人形の "りかさん" の間におこるできごと. 梨木香歩はユング系心理学を地でいくような人だという印象. "裏庭" なんかを読んでもそう感じる. 目頭を熱くするようなストーリーをこしらえるのも簡単にやってのける能力がある. この "りかさん" はその能力に無自覚なところがあって, なんとも無造作に心揺さぶるはなしが放りなげらる. だから読んでいて疲れた. これが "からくりからくさ" になると, その手口がだいぶ洗練されてくる. 二作の違いが面白い.

"からくりからくさ" の後日譚 "ミケルの庭" を併録.

追記: 上の書き方だと梨木香歩がひどくあざとい人間に読める. あと小説家一般にあてはまる議論でもありうる. もっとうまい言い方があるはず. うまくいえない.

ねこに未来はない

長田弘 / 角川文庫

まず第一. ねこ背のひとがねこをけいべつすることは矛盾しているわ. 第二に, あなた,これでわたしがあきらめて, もうねこを飼わなくてすむかもしれないって期待しているんじゃない? でも, ざんねんでした. ご期待にはそえないわ. 第三に, チイはねこであて, ねこの襟巻きじゃないのよ. それにもし, 襟巻きだったら贈りものにふさわしいだなんてかんがえるようじゃ, それこそ友情をねこばばするようなものじゃない?

まったくです.

夜のミッキーマウス

谷川俊太郎 / 新潮社

夕日ってきれいだなあとアトムは思う / だが気持ちはそれ以上どこへも行かない / ちょっとしたプログラムのバグなんだ多分 / そう考えてアトムは両足のロケットを噴射して / 夕日のかなたへと飛び立って行く

治ると言いたいのか, 重大ではないと思いたいのか. そう単純じゃないにしろ, ちょっとケチをつけたくなる. アトム, おまえの欠陥はきっとシステムの問題ではなく, 杜撰な運用からのフィードバックのためだと私は思うぞ. それはさておき, 谷川俊太郎は年をとったなと思う. (というのは教科書に載っているような本当にデビューの頃のものと比べてだけれど.)

人生激場

三浦しをん / 新潮社

雑誌連載のエッセーをまとめたもの. 開きなおり系おたくウェブ日記のノリを中年男性の読者に読ませたところはすごい. 内容もあまり読者を限定し過ぎないよう気をつかっている, 気がする. アホさ加減や変態の程度も控え目. これがバランス感覚によるものなのか, 単にアホ文を書く能力の無さゆえなのかはわからない. 小説 "格闘するものに○" は似たようなノリだった. そのうち他の文も読んでみよう.

男性誌探訪

斎藤美奈子 / 朝日新聞社

男性誌のレビューをした雑誌連載をまとめたもの. 斎藤美奈子のつっこみの入れ方はもう芸風になってしまっていて, 読んでいて楽しいけれど新鮮味は無い. 基本的におっさんマインドなんだよな. おっさんからスケベ成分をとると斎藤美奈子になる気がする. (でもファンです.)

文学理論

ジョナサン・カラー / 岩波書店

"一冊でわかる" シリーズ, というのがあって, そのうちの一冊. よくまとまっている. 文学の人の小説の読み方というのが少しわかる. 話が噛み合わないわけだ. 物語とかナラチブとかパホーマチブといった用語を, ハッタリではなくちゃんと理解する手がかりにしたい. 今年はがんばって小説を読みたいと思っている. 序列化可能信仰を捨てることが, まず第一の関門.

ためらいの倫理学

内田樹 / 角川文庫

コミュニケーションの不可能な相手と, 身をよじるようにしてなおコミュニケーションを試みる "私" のシステムのきしみから, "愛" は起動するのではあるまいか? 他者との出会いの意味は, "私の理解を絶し, 私の共感を拒むもの" を "外部" に構想するという観想的な営みには尽くされず, そのような "外部" に向けて, いかなる保証者も準拠枠もないままに, なお身を投じる "私" の冒険的実践のうちにこそ求められるべきなのではあるまいか? 他者との出会いとは, コミュニケートすることの不可能性の覚知が, かえっていっそうコミュニケーションの欲望を駆動するという逆説的な出来事を指すのではあるまいか?

色々面白かったし勇気づけられたので, 他で感想を書くかもしれない. 内田樹は最近すっかり売れっ子になって色々書いているけれど, どれも似たような内容に思えて買っていない. おすすめがあったら教えてください.

アナロジーの罠

ジャック・ブーヴレス 著 / 宮代康丈 訳 / 新書館

"知の欺瞞" 関係. 思うところあって読んだけれど, 期待していたのとはちょっと違った. アナロジーやメタファについて, ソフトウェア・エンジニアは少し考える必要がある. という話をしようとしてたのだけれど...

自己コントロールの檻

森 真一 / 講談社新書メチエ

TRiCKFiSH から. 感情や対人関係が心理学の技術を中心に高度化, 効率化している, それは資本主義の流れに似ている, というような話. 主に社会学を参照しながら進める議論は説得力がある. 本屋で棚を眺めるとその手の話(感情の市場化)は色々あるようなので, いくつか読んでみようかしら.

上達の法則

岡本浩一 / PHP 新書

Passion For The Future より. 自己啓発本. 概要はリンク先に詳しい. 上達の法則というより, 達人の法則というのがより正しそう. "上級者" が持つ特徴を分析し, そこから上達のための一般則を探るというアプローチの本. 上級者は豊かな語彙(具体的な言語の語彙ではなく, 認知の単位という意味での語彙)をもち, その語彙で自身や他者を記述する. またその記述の正しさを自己検証する. 上達のためにはまず語彙を増やし, 同時に評価能力を鍛える必要がある. そんな話. 上達のための訓練方法は特に目新しくないが, 示されている達人の特徴は興味深い. "xx な人, yy な人" という言い回しや, 上達によって人格が磨かれるというようなアジテートは御愛嬌.

ユークリッドの窓

レナード・ムロディナウ 著 / 青木薫 訳 / NHK 出版

ボエティウスはユークリッドの研究を要約し, ○×式の試験を受けようとする学生向けの読み物にしたのである. 今なら彼の翻訳版は "サルでもわかるユークリッド" とでも題して, テレビで "フリーダイヤル, のーなし, のーなし" などと宣伝されるかもしれない. しかしその当時, ボエティウスの翻訳は権威ある学問だったのだ.

幾何学の歴史. 非ユークリッド幾何学のおこりは興味深い. 一瞬勉強しようかなという気になる. (せんけど.) 話も面白いのだが, 文中のアカデミックおやじギャグと, 青木薫の悪ノリによるアホな訳が笑える. なんだよ のーなし, のーなしって...

スーパーエンジニアへの道

ワインバーグ 著 / 木村泉 訳 / 共立出版

ソフトウェアエンジニア向けの自己啓発本. "技術的リーダーシップの人間学" という副題のとおり, 問題解決のリーダーであるためにどう考え行動するかを議論する. ここでリーダーというのは "任命された" (肩書としての) リーダーではなく, 実際の意思決定や問題解決に影響力を発揮する人のことをいう. つまり問題解決に寄与するための方法論. 対人関係の振舞いを中心として, 問題解決のためにはプロセス指向で有機的なものの考え方をしましょうと主張する.

ワインバーグは誰もが潜在的にはリーダーであるというように議論を始めておきながら, 最後におまえは本当にリーダーになりたいのか, それはなぜかと問い締めくくる. このやりくちは少しいかがわしい. 誰もがリーダーになれる, しかしリーダーには発言力とそれに伴う責任があり, あなたにそれを担うだけの覚悟があるのか. ワインバーグの発言の主旨はこうだ. そうは言っても, 問題解決やイノベーションに寄与したいと思うのは多くのエンジニアにとって自然な感情だろうから, その結果として副作用を被るならそれは仕方がない. 役立たずとしてくすぶるか, 自身の影響力に胃を痛めるかというトレードオフだ. まず, そういった副作用が起こるほど何かにインパクトを与えること自体, そもそも難しいように思える.

ワインバーグの問いは, 心配としては杞憂だし, 発破としてはやや素朴過ぎる. ただそれが本書のもつガイドラインとしての価値を損うとは思わない.